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ハードルを下げるおはなし

ハードルネッサンスのネッサンスってなんなんでしょうか

ひっさーです。

今日はハードルについてのおはなしです。
ハードルといっても、障害物走で使う物理的なハードルではなく、
何かをしようとするときに「ちょっとハードルが高いかな・・・」と感じる、
気持ち的な障壁としてのハードルです。

何か新しいことや少し興味のあることに対して、
やってみたいと思いつつもなんだか手を出せない。
これはハードルの1つです。

ハードルは、新しいことに対してだけあるのではありません。
何かを続けようとしてもつい三日坊主で終わってしまう、
といったときにもハードルは存在します。

何かを続けようと思っても続けられないのは、
しばしば意思が弱いからだとか言われます。
それが間違っているというわけではないのですが、
意志が弱いことだけが原因ではありません。
続けようとしていることが、「ハードルが高い」のです。

ここで、ハードルとなる要因はさまざまです。

例えば、「毎日料理をするぞ!」という目標を立てたとします。
しかし続かない。そんなとき、次の3つの要因が考えられます。

1つ目としては、やり方が分からないことです。
やりたいと思ってもそもそもどうやって料理するのか分からないと、
なかなか手を出しづらいものです。
これは、続けることで慣れていくという面はありますが、
「ある程度情報収集をする」ことが大事だと思います。
「知らない状態から知ってる状態になる」、つまり
知識を学ぶことは、ハードルを下げることに繋がります。

2つ目としては、やろうとしていること自体が難易度が高いことです。
「毎日」という設定をしても、実際は難しいでしょう。
帰りが遅くなったり、友人と夕飯を食べたり、ということもあります。
他にも例えば、「毎日5km走るぞ!」と思ったとして、
その人が元々体力があって時間的に余裕があるならいいのですが、
それほど体力に余裕がなく、また自由な時間もあまりないとすると、
この決めたことを実行するのはかなり難しいと言えます。
自分にとって続けやすいような設定、例えば、
「早く帰れる日はとにかくキッチンで何か作る」とか、
「週に3回、10分以上走ろう」といった風に決めると、
実現可能性は高くなります。
これが「ハードルを下げる」ということです。

そして3つ目としては、環境が整っていないことです。
そもそも料理をする道具や材料が揃っていないと、
始めようと思っても始められません。
また、道具がない以外にも、道具を出すのに時間がかかるのも
ハードルになります。
例えば、「毎日(アナログで)絵を書くぞ!」と思ったとして、
絵を描くための机が散らかっていたらどうでしょうか。
あるいは、引き出しがごちゃごちゃでペンがどこか分からなかったら。
もちろんそれでも描く人はいるかもしれませんが、
絵を描くということをするための環境が整っていないだけで、
絵を描く行為からは遠ざかってしまいます。
環境が人に与える影響は、場合によっては意思より強いのです。
なので、例えば筆記具と紙をすぐ机に出せる状態にする。
これも「ハードルを下げる」ことになります。
これは、具体的な行動で解決できることなので、
多少時間をかけてでもやってみる価値はあると思います。

このように考えると、
何かを始めたい、あるいは続けたいというときは、
ハードルを下げることが大切である。具体的には、
「したいことをするための情報を収集する」
「したいことが現実的に出来ることかを考えて設定する」
「したいことをするための環境を整える」
といったことが大切になってくるんだと思います。

今日は、ハードルを下げることについてのおはなしでした。
それでは今日はこの辺で。
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25歳の御挨拶

ひっさーです。

本日、25歳の誕生日を迎えました。
20代になって歩んできた今までと、これから30代に向けて進んでいく自分、
その中間地点に来ました。

このブログを今も見て下さっている方、ありがとうございます。

細く長く、時には途切れつつも続けてきたこのブログですが、
実は、このブログでの誕生日での挨拶は2010年を最後に、
2011~2013年はしていませんでした。
2012年の12月を除いて、この期間は本当に更新がまばらでしたからね。

なので、4年ぶりの誕生日の挨拶です。



20歳になったときの私は何を考えていたのか・・・。

このブログ、黒歴史を承知で昔の記事も残しております。
なので見ようと思えば私が20歳になった当時の記事を見ることが出来ます。

>そして、20歳の誕生日。 おめでとう自分。
>昔思い描いた20歳の自分になれたかどうかは分かりませんが、
>少なくとも20歳の私は元気です。
>「幸せですか?」という質問に、
>今の私は迷いなく「幸せです」と答えることが出来ます。
>その幸せは、頑張って手に入れた幸せではなく、
>普段から当たり前のようにある幸せ。
>当たり前すぎて普段は気付かないけど、確かにここにあります。

昔思い描いた25歳の自分は、何だったかなと思いを巡らせてみましたが、
何となく働いているだろうなとぼんやり考える程度だったと思います。
その点については、正解です昔の私。

では、この引用に書かれている「幸せですか?」という質問、
今の自分に改めて問うてみるとどうか。

この5年間で、楽しいことも辛いことも色々ありました。
その時点時点を切り取れば、多分幸せ、不幸せと分類できるのでしょう。
しかし、そういう山あり谷ありなのが、自然なんだと思います。
この波全体を見れば、幸せも不幸せもあります。

その上で、日々の小さな幸せを見逃さないように、
しっかり噛み締めていこうという思いは前々から変わりません。
実際は、ちょっとしたことで落ち込んだりもしますけど・・・。

そんなわけで、考えれば幸せだったりそうとも言えなかったりしますが、
きっと20歳の私を前にして答えるなら、「幸せだ」と答えるでしょう。



幸せかって?そうだな、うん、幸せだよ。
むしろ貴方の方が大変でしょう。
母親を亡くして3ヶ月足らず、決して心も落ち着いてないでしょうに。

そうだなぁ、合気道は引退までしっかりやるんだよ。きっと助けになる。
勉強はまぁ、単位を出来るだけ落とさない程度にはしっかり勉強しなさい。

絵は今も描いてるかって?うん、描いてるよ。
言っておくけど貴方より上手く描けるようになってるから。
なってなきゃ困るって?それもそうか。
しかし、描く頻度は貴方のほうが上だな・・・

そっか、まだあの人とはネットでしか交流してないし、
あの人のことは名前も知らないのか。
そう思うと、この5年間というのは本当に…。
これからめっちゃ色んなことがあるから、楽しみにしててください。



20代も後半になると、20歳頃の自分と比べてしまいがちです。
最も活発だった数年前と比べて身体の動きが鈍くなったと感じたり、
あまり身体に無理をできなくなったり。
年齢的には若くても、変化していく自分を感じずにはいられません。

私の周りでも、年を重ねることを恐れる人が散見されます。
しかし、どのように感じても考えても、年のとりかたは変わりません。
恐れれば、きっと心の老いは年齢以上にもっと加速してしまうのでしょう。


なので、私はこれからは。
いえ、前々から少しずつ考えていたことなので、私はこれからも。

「良い、年のとりかたをしよう」と思います。

それは、長い年月をかけて育っていく一本の大きな樹のように、
より深く、より広く、知識見識、知恵の根を伸ばし、
より高く、より大きく、枝を伸ばして色んな人と関わっていく。
より太く、よりしっかりと、幹を据えて自分の考えを持ち、
より優しく、よりしなやかに、私の周りの人やものを守り大切にする葉を紡ぐ。

長い道のりですが、これからも一歩ずつ歩いて行こう、と思います。
こんな私ですが、これからも、どうぞよろしくお願い致します。


それでは今日はこの辺で。
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